第一話 つづき

ある日の夕方いつものように仕事に向かった。
愛車のポルシェ(だと思って乗っているMINI)に乗り込み、いつものごとく道中、車の中では少しずつモチベーションをあげていくシステムが働いている。

このあたりの調整がやや難しく、あまりテンションを上げすぎると現場に着いたときあまりにギャップがありすぎ「ジャマイカン・イン・ニューヨーク」ような状態に陥ることがある。テンションが低いと奴らのテンションも低いままセッションに入ってしまう。一度スクワットでマックスを挙上し神経興奮の閾値を上げた上で、少しレストを入れて爆発的maxジャンプをするような調整が必要かもしれない。

現場に着くと挨拶から生徒のテンションが高い。おっ今日はいいかもしれない。しかし簡単にはだまされてはいけないのである。最近では生徒も私の性格を把握してきている。桜島が噴火しないようにどう対処すべきか心得ているものも少なくない。しかしそのような気配を感じない私ではない。

はじめはテンション高く取り組んでいるように見えても、少し経つと目的を持たずにいい加減にやっている奴らを発見。かつてはすぐにそのような場面で闘魂を注入していた(誤解の無いよう言うが私は十数年人を殴っていない。私の場合熱い語りが武器である。)が、最近はその生徒の近況を察する余裕も出てきた。

最近何かあったのかも知れない、調子が悪いのかも知れないと考える。と考えた上で熱く語るのである。結局同じである。気づかせるいろいろな方法はあるのだろうが、私は話で勝負している。

その男が押さえどころとしているのが生徒をスタートラインに立たせることである。何事もスタートラインに立たなければ物語りは始まらない。スタートラインにつくことでその生徒の奮闘記が始まるのである。

弱いものでスタートラインが人より後方にあるとあきらめてしまうものも多い。周りを気にするあまり自分の本来の位置を見失うか、見えないようにしてしまっているように見える。

スタートラインに立つと言うのは自分の現実の姿を受け入れることにある。上手くない、センスがない、体力がない、気持ちが弱い等いろいろあると思うが、それが今の自分なのだから仕方がない。勿論良いところもあるのである。

しかしそんな時はネガティブな事ばかりに目がいってしまい、ポジティブな見方をできないのは子どものころは良くあることである。ポジティブに自分を受け止めるためには自信をつけさせて上げなければならない。「俺は俺なんだ!」と良く解らない自信でもいい、まずは何かで自信をもたせてやらなければいけない。

スタートラインに立つことは自分に自信を持つまでの奮闘記をスタートさせると言うことなのである。~つづく~
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by stagecoach | 2006-12-03 21:52
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